夜中まで子どもたちの声が響く。夜中でも明るい街灯の下に子どもたちの姿が見える。この状況に違和感を覚える方も少なくないと思います。
学校の始業時刻は固定化されているため、十分な睡眠時間を確保し、疲れをとり朝すっきりとした目覚めを得て意欲的な1日を送るためには、早く眠る必要があります。しかしながら、大人の残業時間と変わらないほど夜遅くまで活動し続けている子どもたちの残業型生活が固定化されている例も少なくなく、慢性的な睡眠不足から慢性疲労状態に陥り、学習意欲が湧かない子どもたちがいます。そして、慢性疲労状態は子どもの脳機能の発達にも影響を及ぼすことが、私たちの研究からも明らかになってきています。
大阪市立大学大学(現、大阪公立大学)院医学研究科システム神経科学・教授(現、名誉教授)の渡辺恭良が研究代表者を務めた科学技術振興機構『脳科学と教育』「非侵襲的脳機能計測を用いた意欲の脳内機序と学習効率に関するコホート研究」(平成16~21年度)において、私たちは2006年(平成18年)に約2千人の小中学生を対象とした疲労、学習意欲と生活習慣などに関するアンケート調査研究を実施しました。その結果、9%の小学校高学年生(4~6年生)が、また19%の中学生が、1か月以上続く疲労状態にあることがわかりました。疲労が1か月以上も続くことは、学習面や運動面において子どもたちが本来有するパフォーマンスを十分に発揮できないことを示唆します。疲労している児童生徒の生活習慣の特徴は、平日の睡眠時間が短いことであり、特に小学校6年生から中学校1年生にかけて平日の睡眠時間が約1時間も短くなることもわかりました。

この調査から9年後の2015年(平成27年)からは、小学校4年生~高校3年生を対象に、約2万人規模のアンケート調査研究を開始しました。本研究の枠組みの1つとして、大阪市淀川区が進めていた「ヨドネル!-ヨドガワ・ヨクネル・ヨルネル-」プロジェクト(※)と協働し、大阪市立大学(現、大阪公立大学)と淀川区、区内小中学校が連携し、本アンケート調査の結果を基に、子どもの睡眠習慣の改善から疲労軽減、学習意欲と脳機能向上を目指した取り組みを進めています。
この「ヨドネル大規模調査」(※)では、淀川区内の小中学校23校において、2016年(平成28年)の6~7月に小学校4年生から中学校2年生を対象に本アンケート調査を実施しました。回答率も9割以上と高く、約5,300名の回答を得ました。調査の結果、30%の小学校高学年生が、46%の中学生が1か月以上続く疲労状態にあることもわかりました。

(※)淀川区役所「ヨドネル(子どもの睡眠習慣改善支援事業)」
淀川区内の小中学校における睡眠などの生活習慣から疲労、学習意欲に関する調査を実施。
小学生から中学生にかけて疲労している生徒が増加する背景として、睡眠が十分にとれていないことが挙げられます。ヨドネル大規模調査においても平日の平均睡眠時間が小学校6年生では8時間24分に対し、中学校1年生では7時間46分と、約40分も睡眠時間が短くなっていました。

それでは、平日の睡眠時間を左右する生活習慣とは何でしょう?本調査からは、携帯電話・スマートフォンを用いてのクラスメイトや友達とのソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を、利用していない(8時間36分)に比べ、毎日利用する(7時間41分)場合は平日の睡眠時間が1時間も短いことが分かりました。また、平日の自宅でのパソコン利用時間については、1時間未満(8時間28分)に比べ3~5時間(7時間47分)、5時間以上(7時間16分)では睡眠時間が著しく短く、さらに平日の夜にコンビニエンスストアに、まったく行かない(8時間26分)、時々行く(8時間4分)、よく行く(7時間28分)と、利用頻度に相関して平日の睡眠時間が短くなっていました。
これらの結果から見えてくるのは、十分な睡眠時間を確保するためには、夜間にできるだけ強い光を浴びないような生活を送ることです。そして、自宅に居てもSNSを多用するなど外の世界と繋がることではなく、家族が集い十分なコミュニケーションがとれる環境と時間を持つことが必要です。会話の中で、学習面でも褒められ、支えられていると感じることができる状態、つまり保護者などの親密な関係者から受容されている感覚、他者受容感が満たされていることが重要と考えられます。
子どもの慢性疲労を予防し、健康力を高めるためには、不規則な生活パターンを改め、夜更かしをしない生活を送ることが肝要ですが、個々の児童生徒、あるいは家族単位だけで実現していくことは困難な面があります。社会全体が、子どもたちがしっかりと眠れる環境が重要である、という認識を強く持つ国民全体の意識改革が必要と感じています。家族と過ごす時間や家族からの褒めといった、家族との密接な関わり習慣が、小中学生の慢性疲労を防ぐためにも重要であり、子どもの睡眠だけでなく、大人の生活時間、働き方、睡眠習慣も同時に考えていく必要があります。
子どもウェルネス
筆者は、精神的にも身体的にも健康な状態ということだけでなく、子どもたちがもっと前向きに、活き活きと、意欲的に充実した日々を過ごし、多様な脳の機能・能力・個性・知性・感性や社会性などの創造性豊かな世界観を育む幅広い概念を「子どもウェルネス」と捉えています。子どもウェルネスを高めるためには、慢性疲労を防ぐことはもちろん重要ですが、子どもの成長に必要な食事、運動、学習、睡眠といった生活シーンとそれらを包括する居住環境と社会環境に目を向ける必要があると考えています。
子どもウェルネスを支えるためには産官学民の連携が不可欠です。そこで、私たちは2020年(令和2年)7月から、文部科学省令和2年度「科学技術イノベーションによる地域社会課題解決(DESIGN‐i)」の採択を受け、大阪市淀川区を舞台とした産学官連携プロジェクト「子どもウェルネスによるコミュニティ・デザイン」の取り組みを開始しました。

大阪市立大学プレスリリース(https://www.osaka-cu.ac.jp/ja/news/2020/200720)
大阪市淀川区プレスリリース(https://www.city.osaka.lg.jp/yodogawa/page/0000509393.html)
この事業においては、子どもの睡眠習慣改善「ヨドネル」に取り組んでいる大阪市淀川区を拠点に、次世代を担う子どもたちのウェルネスに関する睡眠習慣や生活習慣などの課題を、産学官連携による多面的なエビデンスに基づく住環境と社会環境の基盤構築によって解決し、学校や文教施設と連携した教育、子育て拠点などと連携した子育てサポートを通して、子どもたちがウェルネスの向上を体現できるデザインのあるまちづくりを目指します。
このプロジェクトでは、子どもたちの基本的な生活リズムに大きく関係する睡眠、食事、運動といったウェルネスの要素の理解を深め、子どもウェルネスリテラシーの向上を図るとともに、アートや学習方法といった感性・知性へのアプローチにより、多様な角度から子どもウェルネスを支えるプログラムを企画しています。主なプログラムは区民と一緒に取り組む地域連携型リビングラボであり、子どもウェルネス創出事業化コンソーシアム(※1)のメンバーも参加し、新型コロナウイルス感染症対策を十分に講じながら子どもたちがワクワクしながらウェルネスを体験できる企画「子どもウェルネスリビングラボ(※2)」を創り出しています。
※1 子どもウェルネス創出事業化コンソーシアム
2013年度から活動開始。大阪公立大学健康科学イノベーションセンターの水野敬センター副所長を座長とし、子どもたちの健やかな発達に資する科学的エビデンスに基づくウェルネスソリューションの創出と事業化促進を目的とする。2019年(令和1年)には子どもウェルネス創出事業化コンソーシアム主催のシンポジウム「健康科学から考える 未来社会を託す次世代に、今、必要なこと」を開催(http://www.chsi.osaka-cu.ac.jp/news/%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%82%B9%E5%89%B5%E5%87%BA%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E5%8C%96%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%82%B7%E3%83%B3/)。
○2021年(令和3年)3月時点参画企業 7社(50音順)
江崎グリコ株式会社、株式会社学研エデュケーショナル、株式会社COPELコンサルティング、積水ハウス株式会社、株式会社ダスキン、西川株式会社、株式会社ファミリア
※2 子どもウェルネスリビングラボ
子どもたちの生活シーンに合わせたウェルネスシーズの活用により、子どもウェルネスの向上を目指す地域連携型リビングラボ。
【第1弾】アート・ラボ~アートと友だち~
(https://www.city.osaka.lg.jp/yodogawa/page/0000510739.html)
【第2弾】ライフスタイルラボ~for the first 1000days~
(https://www.city.osaka.lg.jp/yodogawa/page/0000514898.html)
【第3弾】ネムリヒミツラボ~じぶんの眠りを見てみよう~
(https://www.city.osaka.lg.jp/yodogawa/page/0000514852.html)
【第4弾】つくえスッキリラボ~「勉強する時間がみじかくなるマット」をつくろう!~
(https://www.city.osaka.lg.jp/yodogawa/page/0000515631.html)
【第5弾】お掃除&おかたづけラボ~「キレイの秘密を見つけよう」~
(https://www.city.osaka.lg.jp/yodogawa/page/0000516560.html)
【第6弾】食育ラボ「おいしく毎日を健康に!」
(https://www.city.osaka.lg.jp/yodogawa/page/0000518133.html)
【第7弾】インテリアラボ 踊る空間ハンター<フィーリングッドをお持ち帰りせよ!>
(https://www.city.osaka.lg.jp/yodogawa/page/0000518898.html)
【第8弾】アート・ラボ~アートと友だち~<夏休みに開催し、好評だったアートラボが帰ってきた!>
(https://www.city.osaka.lg.jp/yodogawa/page/0000520786.html)
【第9弾】ライフスタイルラボ~for the first 1000days~
(https://www.city.osaka.lg.jp/yodogawa/page/0000521604.html)
子どもの慢性疲労克服社会を創るためには、睡眠習慣や生活習慣の改善だけではなく、子どもウェルネス地域連携型リビングラボの効果検証も進めながら、多様な効果的なウェルネスソリューションを明らかにすることが重要だと考えています。これらのウェルネスソリューションを、子どもたちがワクワクしながら気軽に手に取ることができ、自分にあったものを生活に組み込むことができる、そのような環境創りも引き続き目指していきます。

【PROFILE】 水野 敬
大阪公立大学健康科学イノベーションセンターの副所長。疲労科学と脳神経科学に基づき、子どもたちの慢性疲労、睡眠、学習意欲、脳の機能と発達および家族の関わり、と幅広い観点から子どもの健康科学研究を推進している。著書に『疲労と回復の科学』(日刊工業新聞社、2018年)、『おいしく食べて疲れをとる』(オフィスエル、2016年)など。