疲労の実態
~疲労は国家的損失~

総理府が1985年に行った健康に関する国民意識調査では、疲労感を認めた人は全体の66%ですが、そのうち72%は「一晩の睡眠で疲労感は回復する」と答えており、6か月以上にもわたって疲労が続く状態(慢性疲労)は希少だと思われていました。
 ところが2004年に文部科学省の疲労研究班が大阪地区で行った疫学調査(2,742人回答)では、疲労感を自覚している人の割合は56%で、そのうちの半数を超える人(全体の39%)が半年以上疲労感の続く慢性疲労に悩んでいることが明らかになりました。これを日本の生産年齢人口(15~64歳の人口)約8千万人に当てはめると、実に3千万人を超える人々が半年以上疲労感に悩んでいることになります。子ども(中学生以下)についての研究でも、30日以上の疲れを訴える小・中学生が、各々約10%・約20%もいることや慢性疲労の小・中学生が各々約3%・約6%にも及ぶという報告などもあり、まさに、「日本は疲労大国である」といっても過言ではない状況になっています。
 また、疲労に悩んでいる人の多くは、疲労のために作業能力が低下し、十分に活動できていないと感じています。慢性疲労等による経済的損失を試算すると、医療費以外で年間1.2兆円と膨大な額にのぼり、国民の疲労が国家レベルでの生産性にダメージを及ぼしかねない状況にあることを推測する報告もあります。

疲労は生体アラーム

専門的になりますが、疲労は、身体的あるいは精神的負荷を連続して与えられたときにみられる、一時的な身体的および精神的パフォーマンスの低下現象と定義されています。よりわかりやすくこの「パフォーマンスの低下」を表すと、図のような身体的および精神的作業能力の様々な変化(低下)が「疲労」で現れる現象といえます。

 「疲労」は、「発熱」や「痛み」とともに3大生体アラームと呼ばれ、身体のホメオスタシス(恒常性)の乱れを知らせる重要な警報信号の一つといわれています。しかし、「疲労」は、「痛み」のような脅威を感じにくいことや、「発熱」のように客観的に評価するものさしが最近までなかったことなどから、危機感を持つ人が多いとはいえませんでした。ところが、私たちの身体が自分の身体能力の限界を超えて活動してしまいそうな危険を事前に察知して運動を制限させるために、疲労感や倦怠感といった不快な症状を示し、『休め』を命じる大変重要な生体アラームが「疲労」だということがわかってきています。

睡眠不足やストレス、働きすぎで心身に負担がかかった結果として起こる疲れですが、一方で、好きな仕事をしていたり、とても高い収入が得られている場合など、がんばって働いてもあまり疲れを感じないことはないでしょうか。スポーツの試合で勝ったときはあまり疲れを感じない経験もないでしょうか。この例のように、意欲や報酬、達成感や集中などにより疲労感がマスクされるために疲労を感じず活動を継続してしまい、その結果、気付かないうちに疲れが蓄積し、最悪の場合は過労死につながるケースもあるなど、必ずしも「疲労」に疲労感が伴うとは言えない場合もあります。このようなことを踏まえると、「疲労」は本人が自覚するかどうかという主観的な問題だけでないこともよくわかります。

疲労の種類
~肉体疲労と精神疲労、急性疲労と慢性疲労~

疲労には、身体の部位により全身疲労と局所疲労があり、また成因により肉体疲労と精神疲労に大別できますが、私たちが感じる疲労のほとんどは両者の複合型といえます。例えば、マラソンのような肉体運動であっても、単なる肉体疲労だけでなく精神疲労を感じるということはよくあることです。つまり、肉体を動かすには脳の運動指令系も活躍し実際の運動のシミュレーション、準備、筋肉の動かし方のプログラム、すべてに脳が働いて疲弊しているのです。また、疲労は脳で感じるものであるため、肉体活動が肉体疲労のみを引き起こすとは限らないのです。
 一方、疲労は継続時間により急性疲労と慢性疲労に大きく分けることができます。日常の仕事やスポーツなどによる疲労は、休息や睡眠をとることで改善され、ときには適度の疲労感が爽快感をもたらすこともあります。こうした日常生活で繰り返される一過性の疲労は、急性疲労と呼ぶことができます。
 とどのつまり、休息や睡眠では改善されず、長期間にわたり爽快感とは対極にある倦怠感や不快感を伴うものが慢性疲労で、このような疲労には何らかの処置が必要とされます。

■ 疲労の進行

生理的な疲労と病的な疲労

疲労には、肉体疲労と精神疲労があることは前に説明しましたが、肉体疲労の回復には休息や睡眠が、精神疲労の回復にはリラクゼーションや気分転換が効果的といえます。このような形で回復できるものは生理的な疲労と言えるでしょう。
 しかし、そのように休息をとっても回復しない疲労(病的な疲労)があります。それは病気による疲労で、例えば、がん(悪性腫瘍)による疲労は、がん自体の影響(貧血、代謝障害、ホルモン欠乏、呼吸機能障害、感染)の他に、抗がん治療の影響として出現したり、がんに伴う精神障害(うつ病、睡眠障害)の症状として出現したりすることもあります。
 その他、肝炎、結核、AIDS、脳血管障害、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、内分泌疾患、膠原病、うつ病、睡眠障害など、疲労や倦怠感を伴う疾患は数えきれません。このような病気によって引き起こされる疲労は、原因となる疾患が治癒しない限り、どれだけ休息をとっても著しい回復は見られません。

疲労を感じる脳のメカニズム

疲労は脳で感じるもので、肉体疲労でも精神疲労でも、すべてに脳が働いて疲弊している状態であることを前に説明しました。身体からのSOSともいえる信号が脳に送られていることは、疲れている人の脳の血流の増加を調べた結果からもわかってきています。図では少し簡略化していますが、人がオーバーワークに陥ると、意欲・情動に関わる部分(A)が活発に働き始め、この部分が、脳の新規学習・計画(B)や集中・注意(C)といった脳機能を担当している部分に「やすみなさい」という警告を発していると考えられています。普通の場合、疲れたら眠くなり睡眠・休息をとりますが、無理してがんばって働き続けるとAの機能部位が疲れのSOS信号を押さえ込んで働き続けることになります。同時に、交感神経も刺激され、活動・緊張状態を継続するため、身体が休息をとれない状態、ときには不眠状態に至る恐れもあります。こうした疲労の検知機能の破綻が慢性疲労や過労死に繋がるような事態に至ることもあります。

乳酸は疲労原因物質ではない!

かつて乳酸は、疲労原因物質と考えられていました。筋肉の中では疲労回復を遅らせ、これが血流に乗って脳に至り、筋肉の疲労を知らせるシグナルであるとともに脳の疲労物質になると考えられていました。しかし、現在では、乳酸は疲労原因物質ではないことがわかってきています。つまり、神経細胞が急激な活動などで緊急にエネルギーを必要とするときには、エネルギー源であるブドウ糖だけでは間に合わないために、乳酸も使われます。また筋肉においては、乳酸の蓄積において生じる軽度のアシドーシス(酸性化)は筋肉活動の妨げとはならず、むしろ筋肉活動の促進・保護作用を持ちます。
 乳酸は確かに激しい筋肉運動により筋肉内や血液中で上昇しますが、その増加は一過性で疲労の時間経過とは一致しませんし、疲労の程度にかかわらず血液中で上昇します。また、乳酸を動物に投与した実験でも疲労状態を生じさせることができないことが明らかにされています。

活性酸素(酸素ラジカル)と疲労

乳酸が疲労原因物質ではないとすると、一体なにが疲労原因物質なのでしょうか?疲労を細胞代謝の側面から捉えると、究極の疲労因子として活性酸素(酸素ラジカル)が考えられています。中枢神経の活動やエネルギー産生のための呼吸など、生命活動を行う中で身体では多くの活性酸素が産生されます。細胞が若く健全な状態であれば、グルタチオンやアスコルビン酸(ビタミンC)などの体内還元物質(抗酸化物質)が有効に働いて作用し、活性酸素を速やかに処理します。ところが老化状態や慢性疲労・過労などでは、この体内還元物質(抗酸化物質)の作用が低下し、十分に活性酸素を除去できないために酸化タンパク質や過酸化脂質が増え、細胞内の情報伝達、遺伝子の発現、細胞膜や種々の細胞内膜機能が衰え、疲労や疲労感が増してくると考えられているのです。

紫外線と疲労

海水浴などで暑い日差しの下で座っていただけなのに疲れてしまったという経験をした人は多いのではないでしょうか。これは、日光に含まれる紫外線の作用による現象です。実は、紫外線が疲労と関係していることが最近の研究でわかってきており、それは「眼」が媒介役を果たしていたのです。
 皮膚などの体表組織だけでなく眼も紫外線情報を感知し、三叉神経や視神経を介して脳免疫統合系を作動させ、皮膚(表)、消化管(裏)、免疫系(内部)などを制御していることがわかってきました。この機構が、疲労とも深く関わっています。
 紫外線(UV)にはいくつかの種類がありますが、疲労に関係しているのはUVA(UVBほど有害ではないが、長時間の暴露で健康被害が懸念される。波長:315~400ナノメートル)とUVB(ほとんどはオゾン層などで吸収されるが、一部は地表に到達し、皮膚や眼に有害で、日焼けや皮膚ガンの原因となる。波長:280~315ナノメートル)です。眼から身体内に入り込んだUVBは三叉神経を介して、UVAは視神経(網膜)を介して視床下部に信号を送り、脳下垂体を刺激します。このとき脳下垂体はメラノサイト刺激ホルモン(MSH)や副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)など種々のホルモンを産生分泌し、これらのホルモンを介して、肌や内臓の黒化や、免疫病態や疲労状態が惹き起されるのです。

睡眠と疲労

睡眠は、身体の疲労のみならず、脳の疲労回復にとっても極めて重要な生理現象です。それゆえ私たちは1日約8時間、人生の3分の1にも及ぶ長い時間を、睡眠という一見非生産的な行為のために割いているのです。そして睡眠は、適切な時間(量)に加え、睡眠の深さなどその質も疲労回復の重要な要素といえるのです。
 健常者では睡眠時に上昇するはずの副交感神経が、慢性疲労症候群(※)患者では上昇しない傾向にあることがわかっています。このように副交感神経が生体のリズムに従って正常に活動しない場合では、十分な睡眠時間を確保しても質の良い睡眠が得られないのです。このような自律神経系のバランスの乱れが疲労だけでなく注意力や集中力、思考力の低下にも関係していると考えられています。

※慢性疲労症候群(Chronic Fatigue Syndrome、CFS):強い疲労が6ヶ月以上継続する病気


■ 健常者とCFS患者の自律神経系の日内変動(概念図)

健常者とCFS患者を比較してみると、睡眠時において緊張を緩和するはずの副交感神経が、CFS患者の場合は健常者に比べて働いておらず、このことからCFS患者では睡眠の質が低下していることが推測される。
 つまり、休息中の副交感神経の機能低下が、疲労病態における自律神経機能の問題の本質である可能性が考えられる。

食事・栄養と疲労

人が生命活動を行う中で、身体では多くの活性酸素が産生されます。この活性酸素(酸素ラジカル)が究極の疲労因子として考えられています。また、この悪玉の活性酸素(酸素ラジカル)は、細胞を酸化させ一次的に傷つけてしまう疲労に加え、細胞の傷が修復できないままの状態で残ってしまう「老化」につながってしまうことも明らかになってきています。身体のホメオスタシス(恒常性)を維持する仕組みや充分な睡眠など、体内の還元物質(抗酸化物質)の作用による疲労回復(細胞の酸化状態からの回復)に努めることはもちろんですが、活性酸素の発生を抑え、発生した活性酸素を解消するために必要なエネルギーとなる食べ物や、代謝に必要な栄養素をとることも重要なポイントになります。
 このような、食生活の面からの抗疲労に関する研究では、大阪市、18企業、大阪市立大学、関西福祉科学大学、東京慈恵会医科大学、大阪大学が取り組んだ「疲労定量化および抗疲労医薬・食品開発プロジェクト」があります。このプロジェクトでは、多くの食品素材の疲労に対する効果を評価し、アップルフェノン、アスコルビン酸(ビタミンC)、コエンザイムQ10、D-リボース、クエン酸、茶カテキン、クロセチン、ビタミンB1誘導体、イミダゾールジペプチド(カルノシン、アンセリン)などの抗疲労効果が期待できる栄養素について科学的に検証しました。
 このほかにも、大阪市と(公財)大阪市都市型産業振興センターが2011年に実施した【抗疲労レシピコンテスト】や、大学の研究者とプロの料理人が共同して刊行した、『毎日の食事が疲れに効く! 抗疲労食』という書籍などにおいて、抗疲労にはどのような栄養成分が役に立っているのか、それら栄養素を含む食品メニューにはどんなものがあるかを紹介し、おいしく食べて疲労回復し元気になるヒントも提供されています。

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